シルクラトゥール号会員各位


 謹啓 平素は格別のご愛玩を賜り厚く御礼申し上げます。
 さて、ご出資のシルクラトゥール号(父:ラムタラ、母:Luth de Saron)は、調教師の判断で、引退することとなり、登録を抹消されましたので、ご報告いたします。
 同馬は平成11年5月6日にそれまで育成を行っていたアイルランドから来日すると北海道のファンタストクラブに入りました。 ただ到着後は輸送の影響により馬体がガレていた為、すぐには乗り始めず、確認した入厩予定先の藤沢調教師の指示でしばらく放牧を続けました。 その後馬体がふっくらし、7月から調整を開始すると以後は徐々に進め、年が明けた3月30日には美浦の藤沢厩舎に入厩しました。 入厩後はすぐにコースで乗り出し順調に調教をつんでいましたが、4月に厩舎の馬房の都合でいったんトレセン近くのミホ牧場へ移り調整を続けていたところ、 左前脚の爪に裂蹄を発症。休ませるほどの状態ではないものの走っているときに裂蹄部分がぶつかり治りづらい状況で、以後前脚の蹄鉄をはずして調教を続けると7月には調教師の指示で天栄ホースパークへ移動しました。 その後、確認に訪れた調教師からは「気性的にムラな面が見られるからもっと集中して走るようにしてほしい」と指示がありましたが、裂蹄が気にならない程度まで回復し、調教でも段々と真面目に走るようになり、暮れの12月22日に美浦へ帰厩しました。
 帰厩後は年明けの小倉開催を目標に順調に調整を進め、1月19日にゲート試験に合格。 そして月末の31日には出走に備えるため、早めに小倉競馬場へ移動すると、2月4日の小倉で待望のデビュー戦を迎えました。 レースはスタートがもうひとつでダッシュもつかず前とは話された最後方からの競馬となり、直線で追い出されるとやや差を詰めたものの12着でした。 レース後、調教師は「経験馬相手だから仕方ないし初戦としてはまずまずだったとは思うが、1週や2週で変わるような感じにはない」と話し、すぐに天栄に移して立て直しにかかりましたが、17日には美浦へ戻し中京開催での出走を目指すことになりました。 そして3月4日の中京で2戦目を迎えると、レース前に調教師は「前走は初めての競馬で無理をしなかったし一度叩いて気合の入り方もよくなっている」と話していましたが、今回もスタートが一息で後方からとなり、道中も先頭集団とは離された後方馬群の前を追走する形となりました。 向正面あたりから徐々に追い上げにかかると、直線ではジリジリと伸び足を見せ8着でしたが、レース後に脚元を気にしたため、再び天栄へ放牧。 診察した獣医は「右前脚の踵に外傷がありそこからばい菌が入ったようで少し腫れている。 たぶんレース中に後脚とぶつかって出来たものだろう」と話し、しばらく馬房で休ませましたが、下旬には外傷は治まって腫れも引き乗り運動を再開。 ただ、足元はまだ裂蹄で体つきもガレた感じだったので軽めに乗って様子を見ると、馬体のほうは回復してきたものの裂蹄の症状はなかなか良くならない為、動かさずつめが自然に伸びるのを待つことが決まり、4月中旬から休養に入りました。 その後爪は伸びるに従い裂蹄個所が爪の上部から下のほうへ下がり、6月末には調教師と打ち合わせて7月から調教を再開すると、以後徐々にピッチを上げていきました。 そして8月半ばに18秒程度のラップで調教をつけられていましたが、左前脚が浮腫んできてしまい、その後は治療を受けながら馬房で休ませたものの、腫れが引かず、検査の状態の確認を行うと、屈腱炎を発症していることが判明。 現状ではめどの立たない状況にあり、協議の結果、調教師から「魅力ある血統で馬っぷりもいいのでもう少し経過を観てからとも思ったが、爪の質が弱いのが裂蹄が長引いたことも考え合わせると、再起を図るの厳しいだろう」と話があり、誠に残念ながら、このまま引退させることが決まりました。
 平成13年9月5日に美浦へ運び抹消の手続きが取られ、引退後については千葉県のオリンピッククラブで乗馬となる予定です。

(後略)

平成13年9月17日

(有)シルクホースクラブ